トルコとアルメニアが国交樹立協定に署名したとの新聞報道を読み喜んでいます。アルメニアには行った事は有りませんが、テヘラン駐在時代の宿舎の大家がアルメニア人で、大変お世話になりました。仕事の上でも、イラン、トルコ、レバノン、フランスのアルメニア系のお客と、色々と縁が有りました。
日本では、アルメニア、アルメニア人については、ほとんど知られていませんが、旧約聖書創世記の大洪水の後、ノアの方舟が流れ着いたのが、アルメニアのアララット山(アルメニア、トルコ、イランの国境付近にある5000メートル級の、富士山の様な優美なコニーデ型の山です。現在はトルコ領に編入されている。1972年に初めてイラン側から見た時には、伝説の山を望み感動した事を覚えています。)聖書の言い伝えが本当なら、もしかしてアルメニア人は人類の第二の祖先ノアの直系の子孫かも知れません。手元の吉川弘文館出版の「世界史地図」(筆者の愛読書、海外駐在員必携と思います。)によれば、紀元前6世紀頃からアルメニアの名前が出現し、紀元前1世紀に大アルメニアと発展した古い歴史を持つ民族です。世界で一番早くキリスト教を国教としたという点でも知られています。余談ですが古いという話では、イランのパーティーでアッシリア人(シリア人ではない)ですと自己紹介を受けた時には、あの高校世界史で習ったアッシリア人(「世界史地図」ではアッシリア王国は紀元前10世紀頃)が、未だ生き残っていたのかと驚いた事が有ります。
アルメニア人は格闘技が得意で、欧州ではアルメニア系のレスリング、ボクシング選手が知られている様です。日本でもK-1のドラゴ選手が知られています。芸術の方でも有名で、指揮者のカラヤン、高校音楽で習った「剣の舞」の作曲家ハチャトリアン、シャンソン歌手のシャルル・アズナブール(本名アズナブーリアン)が良く知られています。アルメニア人の名前が特徴的で、ほとんどの人の姓の末尾が”-ian”で終わります。上記3名以外にも、知り合いの名前を上げると、アガヤン、アレキサンドリアン、ペトロシアン、ダブディアン等が有ります。他にも、シンガポールのラッフルズホテルの創設者がアルメニア人、或いはインドのタージマハールの建設者の多くがアルメニア人の石工で有ったという事を、以前旅行ガイドで読んだ事が有ります。