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海外駐在員時代の思い出等

ハッシシスタン、あの人は今?

Posted by japansmallpotatoes : 11月 14, 2009

若い頃に、バスを乗り継ぎ2週間程度で、アフガニスタンのカブールからドイツのミュンヘンまで走ると言う、リュックひとつの貧乏特急旅行をした事が有ります。当時、若者のそういう貧乏旅行がブームで、ブームに乗せられた口です。日本からカブールまでは、飛行機や列車の乗り継ぎで到着しました。丁度ミュンヘンオリンピックの時で、学生時代の友人が、ミュンヘンでバイトをしながら暮らしていましたので、とりあえず目的地をミュンヘンとしました。当時英語も余りしゃべれず、バス乗り場を探すのに困る様な状況でした。たまたまホテルで知り合った、新学期が始まるので、急いでドイツに戻るドイツ人若者3人のグループに加えて貰い、同一行動をしていました。

長距離バス旅行の初日で困ったのは、間食や、昼食の準備を全くしてなかった事です。列車の場合は、車内販売もあったりして、余り不自由しませんが、バスは食べ物の現地調達が出来ないのです。運転手も昼食を取るので、峠の茶屋みたいな店で、豆のスープと紙パン(発酵させないパン)みたいな軽食は有りましたが、バスの乗客は誰も降りて来ません。ドイツ人達も、搭乗前にチーズの塊とパンを持ち込んでおり、乗客は皆食料持参で乗り込んでいるのでした。茶屋の方は、飛び込みの客に対しては、他に選択の余地が無いことを知っているので、法外なぶったくり商法を行っておりました。値引き交渉してもらちが明かず、腹が立ったので、昼飯抜きで空き腹を抱えていました。ドイツ人達は、食料を分けて上げると言ってくれましたが、申し訳無いので我慢の半日でした。

今でも余り変わらないのではと想像しますが、その当時のほとんどのアフガン人男性は大麻の吸引をしており、街中でもタバコ代わりに、皆がハシシを吸っておりました。最近、日本の芸能人や大学生の若者の間で、大麻、薬物汚染が騒がれていますが、その頃のヨーロッパの若者達も、アフガニスタンへハッシシを楽しむ為に、旅行に来ている状況でした。ヨーロッパ人の間では、アフガニスタンは冗談にハッシシスタンと呼ばれていました。首都カブールから西方のヘラートまでの、長距離国内バスの車内でもで、アフガン人はお互いにハシシを勧めあって、婦人、子供以外は皆軽い酩酊状態でした。

ところが、ヘラートで乗り換えた、イランのマシャッド行きの、国際バスの車内の様子は大違いで、誰もハシシは吸っていないので驚きました。実は隣国のイランは当時も、ハッシシの吸引は禁止されており、アフガニスタンからの持込に対して、厳罰をもって対処しておりました。それで、アフガン人もイランに入る時は、ハッシシを持込まない様に気を使っている訳です。(後日イラン国内もそれなりに大麻汚染はあると知りましたが。)イランとの国境でバスを降りて、税関検査の際でした、小生が日本人と知ると、税関吏がいかにも自慢げに、さっき別の日本人と会わなかったと聞かれました。そう言えば建物の外で、遠くに東洋人ぽい人間が他にもいるなと思って見ていました。税関吏曰く、その日本人は、ヨーロッパ人数人と一緒に、乗用車で入国する際に、ボディーの下にハシシを隠して持込もうとしたそうです。棒の先に鏡を取り付けた器具での、車両の底面チェックで、ハッシシが発見され逮捕されたとの事です。税関吏「可愛そうにイランで終身刑ですよ」と言いながら、小生のリュックを隅から隅まで検査しておりました。

その後ずっとその話を100%信じておりましたが、年を取り商売でも色々騙された人生の経験を積むに連れて、あれは税関吏のテクニックだったのではと思うようになりました。つまり、密輸入国者の動揺を誘い、露見させると言うテクニック。・・・・ でも本当だったら、あの人は今頃どうしているかなー? 

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