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海外駐在員時代の思い出等

カイロで会った温州人(中国のユダヤ人)

Posted by japansmallpotatoes : 11月 10, 2009

カイロ駐在当時、ザマレクと言う中国大使館の近くに住んでいました。宿舎近くの郵便局で、近所に住む劉大夫(Dr.Liu)と言う中医(鍼灸医)と知り合いになったお陰で、海外の中国人社会の片鱗を見る事ができました。劉大夫は西安出身で、元々英語の通訳でしたが、海外のお客を中医に案内する仕事が多く、鍼灸に興味を覚え自分も中医の資格を取ったと言う変り種です。北京の天安門事件の際、西安で過激活動を行い、命が危なくなったので海外逃亡した口との事です。カイロ市内の私立病院が東洋医学部門を経営しており、漢方薬剤師の金大夫とペアで雇われて、二人で借家住まいをしておりました。

その家が、中国大使館に勤める、或いは中国大使館敷地内にある寮の居住者の夜の息抜きの場所となっていました。中国国内には地方政府(市政府など)経営の貿易会社が多数有りますが、彼らが海外進出する際には、大使館が長期滞在のホテル代わりに寮を提供してくれる様です。お陰で、劉大夫の家に夜遊びに行き、中国大使館の駐在武官、コック、運転手(日本大使館は運転手は現地人の様ですが)、貿易会社駐在員、変わった所では、ピンポン、体操の出稼ぎコーチ等と知り合いになりました。当時のカイロには、ピンポンの世界チャンピオンの経験者がおり、皆から「世界杯」と呼ばれていました。但し、世界チャンピオンでも余り待遇には恵まれぬ様で、ずいぶん質素な生活をしておりました。

その時初めて、海外の中国人の間で浙江省温州人が随分浮いた存在と言う事に気づきました。ある日、宿舎の玄関の呼び鈴が鳴り出てみると、英語をしゃべれぬ中国人娘がメモを見ながらアラビア語で持っている中国民芸品を買ってくれと、押し売りを始めました。何事かと驚きながらも丁重にお断りしましたが、先方もベルを鳴らしたら、アジア人の顔をした人間が出て来たので、驚いていた様子でした。後で、中国人に聞くと、温州系の会社が外国語も話せぬ人間にパスポート(公用旅券を持っている者もいるとの噂でした。)入手を世話して、海外出稼ぎを奨励しているとの事でした。商才があり、行動力も有る温州人に対して、その他の中国人は騙されない様に緊張している雰囲気でした。

事実その後、2週間の観光ビザを持った10人程度の大連からのグループのメンバー二人と劉大夫の家で会った事があります。彼らは、温州の会社がアレキサンドリアに開設する中国城(現在アフリカ各地に出来ている中国産品を売る小売店市場)で働くと言う文句に釣られて、相当の金を払いカイロまで来た由です。ところが、労働ビザへの切り替えが旨くいかないとかでもめて、アレキサンドリア駐在の温州人の担当が飛び降り自殺をすると言う大事になり、結局大連のグループはビザの期限内に手ぶらで中国に戻る気の毒な結末になりました。彼らを一度宿舎まで送って行きましたが、温州人3-4人が住んでいる民間のフラットに押し込められていました。

数年後上海駐在となり、福州路の大型書店「上海書城」のビジネス本売り場で、「温州人○○」と言うノウハウ本が溢れているのを見てびっくり。温州人が中国のユダヤ人として、恐れられ且つ憧れの的であると初めて知りました。上海の土地が上海人にも買えぬように高騰したのも、温州人の買占めによると上海人に教えられたものです。事実上海でのアパート探しの物件下見の際に、温州人がオーナーと言う事がありました。又、100円均一品等の小物仕入で有名な義烏市で売られている商品の大部分が温州で作られているとも聞いた事が有ります。

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